ジョブコーチ(職場適応援助者)の実態と限界。手取り3万のどん底からクローズ就労で収入を10倍にした私の生存戦略

就労支援

「障害者支援」や「ジョブコーチ」という言葉を聞いて、あなたはどんなイメージを持ちますか?

「困った時に寄り添ってくれる味方」「生きづらい社会との間に入ってくれる頼もしい人」

もしそんな淡い期待を抱いているなら、今すぐ捨てた方がいいかもしれません。

はっきり言います。彼らはあなたの人生を変えてくれないし、あなたの苦しみの責任を背負ってくれるわけでもありません。

私の場合は、持病の統合失調症という症状そのものよりも、私を狂わせ、精神的に限界まで追い詰めたのは「圧倒的な現実の貧困」でした。そしてその地獄の底で、私が国の用意した支援システムに見事に裏切られ、そこからどうやって這い上がったか。そのお話をさせてください。

入職初日の悲劇と、逃げ場のない貧困のどん底

数年前の私は、本当に貧乏でした。

体調が安定しないために職を転々とし、手にするのはいつも最低賃金の時給。お金の知識も全くなかった私は、毎月2万円の奨学金返済だけで息が詰まりそうなのに、カードの支払いを「リボ払い」にするという最悪の罠にハマっていました。病気のことより、「明日生きるお金がない」という恐怖で心が削られていたのです。

そんな中、ようやく決まった障害者雇用での新しい職場。「ここからやり直そう」と緊張と希望を胸に家を出た、まさにその入職当日の朝でした。

運悪く、私はバイクとの接触事故を起こしてしまいました。相手方への対応や諸費用として、突きつけられた金額は一括で20万円

ただでさえ極貧のリボ払い生活です。20万円なんて大金、どこをひっくり返しても出てきません。パニックになり、頭が真っ白になってしまいました。

形だけの支援者――「傾聴」という名のアリバイ工作と残酷な格差

このとき、私のサポートについていたジョブコーチの正式名称を、「職場適応援助者(しょくばてきおうえんじょしゃ)」といいます。

そもそもジョブコーチ(職場適応援助者)とは、障害者雇用促進法に基づき、障害福祉サービス事業所などに所属する専門職のことです。障害を持つ当事者が企業で円滑に働けるよう、職場へ定期的に訪問し、業務の切り出しや人間関係の調整といった「就労定着支援」を行う役割を担っています。

私の場合は、このジョブコーチが障害福祉サービス事業所に所属し、外部から定期的に企業へ訪問して支援を行う人でした。

漢字が並んだいかにもプロフェッショナルで、絶望の底にいる私を救い上げてくれそうな大層な名前です。しかし、その実態はあまりにも名前倒れの、ただの「書類作りのための生存確認」に過ぎませんでした。

事業所から会社へとやってきたその女性の「職場適応援助者」に、私は意を決して全てを打ち明けました。プライドを捨て、事故で20万円を支払わなければならないこと、毎月の奨学金返済があって生活が本当に苦しいこと、助けてほしいことを訴えました。

このとき、カードの支払いを「リボ払い」にしていたことによって、すでに生活費は破綻していました。恥ずかしくてリボ払いのことまでは彼女に言えませんでしたが、実際の生活は、給料日の1週間前にはジャガイモが4個しか残っていないような状態だったのです。それをとにかく少しでもカロリーの高い食べ物にしようと、フライドポテトにしてちびちびと食べ繋ぐくらい、ひどい食生活でした。

私が彼女に何よりも伝えたかったのは、「私は、とにかく仕事がしたい」ということでした。せっかく決まった新しい職場で、なんとしてでも働き続けたい。

それなのに、事故で返済が増えたため、明日仕事に行くためのエネルギー(食事)すら確保できなくなる。このままでは物理的にお金が尽きて、会社に通うことすらできなくなってしまう――。その圧倒的な恐怖と困窮を、縋るように訴えたのです。

私より情報や知識をもっている、なにより外部の人だからこそ客観的に私の環境を変えてくれるのではないかと期待していました。彼女は私の話を「うん、うん」と親身になって聴いてくれました。私はその大層な名前にすがりつくことで、少しだけ救われた気がしました。

……しかし、違いました。

その面談を最後に、「職場適応援助」などという大義名分はどこへやら、彼女は数ヶ月間、会社に訪問してくることも、私に連絡をくれることも、完全に途絶えたのです。月1回ふらっと会社に来て、私の生活の危機を「よくある愚痴を傾聴した」という報告書(実績)に変換して事業所に持ち帰る。彼らにとっての仕事は、そこで完了していたのです。

生活が別のルートで少しずつ落ち着き始めた頃、彼女は何食わぬ顔で再び会社にやってきました。数ヶ月の音信不通の理由を、彼女は言いました。

「実はあの時、おめでたをしていました。引き継ぎもしないままお休みをいただきました。」

その言葉を聴いた瞬間、頭を殴られたような衝撃とともに、猛烈な怒りと虚しさが込み上げてきました。

遺伝の不安がある病気を抱え、圧倒的な貧困の中で「自分なんか、子どもを持つことなんて許されない」と未来を諦めて生きている私。片や、私のような障害者を「支援する」という名目で毎月安定した給料をもらい、結婚し、子どもを授かり、引き継ぎすら放置して自分の幸せ(人生)を謳歌している彼女。

あまりにも違いすぎます。私が人生のどん底でパニックになっていた時、この『恵まれた支援者』が私にしてくれたことって、一体何だったのでしょう?

彼女にとっての「仕事」は、あの日の面談で私の話を聴き、「今月も面談を行いました」という報告書(実績)を作ることだけでした。私の人生の破滅なんて、彼女の「ぬるくて幸せな日常」の前には、どうでもいいノイズに過ぎなかったのです。

彼らは「職場適応援助者」ではありません。ただの「支援者というポジションに適応して、そこに居座っているだけの名前ばかりの存在」なのだと、この時痛感しました。

私を救ったのは『制度』ではなく『現場の生身の人間』だった

国が作った専門の支援者が、私の命綱を引き継ぎなしで放り投げたその期間、私を本当に救ってくれたのは、毎日現場で顔を合わせる「会社の人たち」でした。お金のことで限界を迎えていた私に、会社の上司や同僚たちが手を差し伸べてくれたのです。

会社の人たちが法的な解決策として自己破産の手続きをサポートしてくれ、それだけではなく、「あなたが使いすぎないように」と、泥臭くお金を預かって必要な分だけ渡すというサポートまでしてくれました。

さらに、料理がほとんどできず、安い食材の使い方も分からなかった私を訪問ヘルパーと結びつけてくれ、安くて美味しいレシピを教えてもらう環境まで整えてくれたのです。これらによって私は、生活の知恵とお金の管理を学び、少しずつ習得していくことができました。

生きるための本質的な支援、血の通った救済は、ぬるま湯の「支援制度」の中ではなく、「現場の泥臭い人間関係」の中にしかありませんでした。

障害者雇用システムが抱える「最大の病理」

この経験を経て、私は日本の障害者雇用と支援制度の歪んだ構造を冷徹に見抜くようになりました。

いま、多くの支援機関の目標は「定着率の維持(障害者をやめさせないこと)」です。一見良いことに思えますが、本質は違います。彼らは、当事者が「低賃金・貧困のままであること」を当たり前だと思い、現状維持だけを強要してきます。

なぜなら、当事者がそこに依存し続けてくれた方が、彼らの「支援者としての仕事」と「安定した給料」がずっと維持できるからです。障害者のキャリアアップや昇給には、彼らは一切貢献しません。

さらに企業側も、法定雇用率を達成するために、設備投資や手間のかからない「限りなく健常者に近い障害者」ばかりを採用します。そこに形だけのジョブコーチが群がり、月1回ふらっと来て数分の雑談をするだけで「今月も仕事をした」という報告書を作ります。

「支援の必要性」と「税金の投下先」が、完全に逆行しているのです。障害者は、彼らのお金づくりのダシにされているに過ぎません。

結論:ぬるま湯を脱出し、自分の力で「10倍の未来」を掴み取る

多くの人が勘違いしているのは、障害者雇用は「配慮されること」が目的だと思っていることです。私が導き出した結論は、「制度に依存するな。自分で戦略的に動け」ということです。

私は、A型事業所という環境をフルに活用しました。ただ漫然と仕事をするのではなく、勤怠を安定させて、有給休暇をすべて計画的に消化して通院や私用に充てる。この目標をスタッフと共有して、給与を満額受け取るための「働き方」を、スタッフと二人三脚で3年間がんばりました。

そこで私が痛感したのは、「本当に必要だったのは、月1回ふらっと来るジョブコーチではなかった」ということです。

私が求めていたのは、月1回の形式的な生存確認ではありません。将来を真剣に考え、キャリアアップを見据えて、泥臭く「とことん話せる環境」でした。制度が用意したジョブコーチではなく、私の人生の責任を一緒に考えてくれるような「対話」が私を大きく成長させました。

そこで自信をつけたことで、私は「クローズ就労(一般雇用)」への道を切り開きました。結果はどうなったと思いますか?

自己破産当時、ひどい時は手取り3万円ほどしかなかったあの頃と比べ、現在の私の収入は10倍になったのです。

「障害者だから、この程度の給料で仕方ない」「現状維持が精一杯」――。もし今、あなたがそんな言葉を信じているのなら、それは大きな間違いです。それは支援者たちが、あなたにずっと自分たちの「支援」に依存していてほしいという願望に過ぎません。

支援者のぬるま湯に浸かり、名前倒れの制度に振り回される必要はもうありません。自分の力で知識をつけ、病気とうまくつきあえるように研究と改善をくりかえし、生活をコントロールし、一般市場で正当に評価される場所へ行ってください。

そして、それを支援してくれる人、応援してくれる人のそばにいくべきです。

上手くいかず、かっこわるくても、それでも見捨てず、応援してくれる人。

失敗したことを一緒に反省して、改善方法を考えて、「つぎ、いってみよう!!」と、背中を押してくれる人。

そういう人を探してください。

私のこの現実(リアル)は、あの「何もしてくれなかったジョブコーチ」への最大の反証であり、歪んだシステムに対する最も強固な勝利宣言です。

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